五平餅の歴史と作り方
五平餅(ごへいもち)というと、木曽(きそ)・伊那(いな)地方(ちほう)を始め(はじめ)岐阜(ぎふ)・東海(とうかい)・三河(みかわ)・南信濃(みなみしなの)などに昔(むかし)から伝わる(つたわる)郷土食(きょうどしょく)で、潰し(つぶし)たご飯(ごはん)を串焼き(くしやき)にした餅(もち)です。名前(なまえ)の由来(ゆらい)は、神(かみ)に捧げる(ささげる)「御幣(ごへい)」の形(かたち)をしているので、この名(な)がついたとするのが一般的(いっぱんてき)に言わ(いわ)れている由来(ゆらい)で、「御幣餅(ごへいもち)」として販売(はんばい)している商品(しょうひん)もあるそうです。他にも(ほかにも)五平(ごへい)、あるいは五兵衛(ごへえ)という人(ひと)がご飯(ごはん)を潰し(つぶし)て味噌(みそ)をつけて焼い(やい)て食し(しょくし)たのが始まり(はじまり)とされている由来(ゆらい)もあります。どちらの由来(ゆらい)にしても、江戸時代(えどじだい)中期(ちゅうき)に木曽(きそ)・伊那(いな)地方(ちほう)の山(やま)に暮らし(くらし)ていた人々(ひとびと)によって作ら(つくら)れていたものが起源(きげん)であるとされています。五平餅(ごへいもち)は、米(べい)が貴重(きちょう)と言わ(いわ)れていた時代(じだい)に、特別(とくべつ)な食べ物(たべもの)として祭り(まつり)や祝い(いわい)の場(ば)で捧げ(ささげ)られて食べ(たべ)られていたそうです。この五平餅(ごへいもち)は、元々(もともと)家庭(かてい)で作ら(つくら)れていたので、皆さん(みなさん)にも簡単(かんたん)に作る(つくる)事(こと)が出来る(できる)そうです。用意(ようい)するのは、4人分(にんぶん)の場合(ばあい)、米(べい)・1合(ごう)、小麦粉(こむぎこ)・大さじ(おおさじ)1、塩(しお)・少々(しょうしょう)を団子(だんご)生地(きじ)として使い(つかい)ます。またつけだれとして、ごま・30g、砂糖(さとう)とクルミ・みそ・20g、しょう油(しょうゆ)とみりん・大さじ(おおさじ)1を使い(つかい)ます。そしてまず始め(はじめ)に炊い(たい)たご飯(ごはん)に小麦粉(こむぎこ)と塩(しお)少々(しょうしょう)を加え(くわえ)、6〜7分(ふん)程(ほど)、すりこぎなどで粘り(ねばり)がでる程度(ていど)にすりつぶします。次に(つぎに)すりつぶしたご飯(ごはん)を4等分(とうぶん)にして、ラップに取り(とり)熱い(あつい)うちに串(くし)を真ん中(まんなか)に押し込ん(おしこん)で、小判(こばん)型(がた)に形(かたち)をととのえます。整え(ととのえ)たご飯(ごはん)を冷やし(ひやし)、その間(そのかん)にすり鉢(すりばち)でごまとクルミをすりつぶしておいて、それにしょう油(しょうゆ)、みそ、砂糖(さとう)、みりんを加え(くわえ)てすり潰し(すりつぶし)ながら混ぜ合わせ(まぜあわせ)ます。それから、フライパンやプレートを熱し(あつし)て薄く(うすく)油(あぶら)をひいて、中火(ちゅうび)でご飯(ごはん)を両面(りょうめん)に焦げ目(こげめ)がつくまで焼い(やい)て下さい(ください)ね。焦げ目(こげめ)が付い(つい)てたれを塗っ(ぬっ)たら、もう一度(いちど)両面(りょうめん)に焼き目(やきめ)を付け(つけ)香ばしい(こうばしい)香り(かおり)すれば出来上がり(できあがり)です。
餅
五平餅というと、木曽・伊那地方を始め岐阜・東海・三河・南信濃などに昔から伝わる郷土食で、潰したご飯を串焼きにした餅です。
餅